私が演劇を始めた理由は、学生時代に知り合いの公演に出ないかと誘われたからだ。そこでは演劇未経験の私を受け入れてくれて、つかの間の充実感を味わせてくれた。ちなみに、それまではほとんど演劇などみたこともなかったが、それがきっかけで、こうして演劇にまつわる仕事をしている。つい先日、静岡舞台芸術センター(SPAC)を訪れた際、芸術総監督である宮城聰さんが公演後の座談会で、「自分が演劇を始めたのは、学校の演劇部に居場所があると感じたから」という話しをされていた。第一線のプロでも、最初はそういうものだと妙に納得した。
私はそうした自分の体験から、演劇や舞台芸術の普及や振興のために、入り口としてそうした「居場所」が多く存在するべきだと考えている。そして、自分でも数々の「居場所作り」を積極的に手がけてきたし、今も行っている。
さて、NPO劇研が行う人材育成事業「劇研アクターズラボ」の「スキルアップクラス」のことである。このクラスは劇研アクターズラボの原点といえるクラスで、2005年の発足から今も継続している主要なクラスだ。2013年5月からは、受講しやすさ向上のため、それまでの月謝制を改め、単回参加を可能にした。その背景には、このところの継続受講者の減少という問題がある。名前の通り「スキルを向上させる」のが目的のクラスであるから、当初から「継続性」を重視している。継続が無ければ、技術の習得は困難だからである。「続けてなんぼ」にもかかわらず、「続かない現実」に頭を悩ましている。講師や関係者と対策を検討しているが、そこで話題にのぼるのはその「居場所づくり」についてである。受講の動機として「気の合う仲間がいる」はうなずける。講座の内容もさることながら、仲間で励まし合ったり、気のおけない友人に会うのが楽しみ。というのは自分の体験からも良くわかる。継続対策としての居場所づくりはよくわかる話しであるが、まずは、そもそも私たちは何を目標にしているのか?ということから考えてみたい。
人材育成事業を始めた理由は「舞台の価値や質の向上」のためである。
もはや役者の価値は「テレビにでているかどうか」で決まるようになってしまった。テレビに出ていなければ、世間は「(職業)役者」として認めず「売れない役者」と哀れむのが常だ。こうした意識や常識は変えなければならない。インターネットや映像、デジタル化の発展は通信や表現手法などを大きく変えたが、それと相反するように「人間化」を見直す気運が高まっていると感じる。「絆」とか「対話」とか「身体」とか「地域でのつながり」「飲みュニケーション」などなど、そうしたことを見直す動きがおきている。多少面倒くさいが、人間的で血の通ったものがやっぱり肌に合うと感じることや、多様な価値観を認め、少数派にも生きやすい社会を作ることが一つの流れとなっている中で、「演劇」など舞台芸術のありかたも再評価される可能性は十分にある。生の人間が目の前で演じる舞台には映像にはない魅力がある。演技技術の中には人間の行動に対する大切な要素がつまっている。すぐれた戯曲には時代を超えた哲学や示唆があふれている。インターネットを使えば、誰でも自分の考えを瞬時に世界中へと発信できる時代に、全く相反する演劇の、この「遅さ」と「まどろっこしさ」「アナログさ」には現代に活かされるべき価値の本質が潜んでいる。
やりたいからやっている。は演劇の動機として正しい。
なにしろ、そのほうが楽しい。しかし、社会との関わり(お客さんへの責任)よりも、自分の楽しみが優先されていては、社会に必要とされる質を生み出す可能性は低いと言わざるを得ない。それはいわばカラオケに近く、そこに人を楽しませる責任を課すのも酷な話しだ。問題は、そうした人の動機をどのように高めてゆくか、そして価値の創造にまでいきつくかである。言い換えればカラオケ意識から、観客に対する責任意識への変換を行うことが「スキルアップクラス」の目的で、それは「自分が楽しい」という自己完結の動機から、「表現の対象に対していかに責任を果たせたか」に満足の所在を移すことである。
さらにラボがこだわるのは、舞台の面白さを向上させて、「舞台はおもしろいよ」となることである。また、それ以外の演劇(演技)の価値にも目を向け、多様な角度から演劇を評価し、教育や福祉、まちづくりなど他の分野に「演劇」の技法を応用することで、仕事を生んでゆくことである。それには、「演劇」を数多くそして深く見ていることや、その現状に対する批評精神も必要となる。
私たちはまず、受講する方や将来受講したいと思っている人と上記のような目的を共有しなければならない。つづいてどこに出ても恥ずかしくない技術を習得してもらわなければならない。そしてそれが社会に活かせるようしつらえなければならない。そのためにも、とにかく参加者が来てくれて、続けてくれなければ目的は達せられない。継続してもらうために楽しい居場所をしつらえることと、本気で向上を望む人に中身の濃いワークを行うことをどう両立させるか、そうしたノウハウもきっと続ける中から導きだすしかないのではないだろうか。
演技に希望を抱いて集まる自立した個による、意欲的な場所こそ「スキルアップクラス」が目指す場でありたい。そして、それを目指して、私たちも授業の質向上と、役者の仕事の拡大への努力を積み重ねなければならない。
(企画:杉山準)